<Artist Interview vol.4>
Kyoko Shindo
人の意識を揺さぶる表現者:新藤杏子が「四十八手」を描く理由

08 Aug 2018

ある程度の年になれば「四十八手」と聞けば、何か想像することはたやすい。
でも、そのアーティストの描く「四十八手」は、私たちの知らないものだとしたら?

発せられた言葉の意味を考えるとき、「ああ、なんだそれか」と聞き流すことに、我々は慣れすぎているのかもしれない。
「ちょっと待って」、と。その意味を問いただすことは、いかにも確からしくパターン認識にから解放させてくれそうな方法論である。
しかし、それはいかに意識せず自然に行えるものだろうか?

新藤杏子氏はいとも簡単にそれを行う。

人の意識を揺さぶりたい―
そう話す、新藤の目にはいったい何が見えているのだろうか?
新藤杏子氏に話を訊いた。

K: YUKI-SISで展示している作品は「四十八手」がテーマですが、どうして四十八手を描こうと思ったんですか?

新藤: もともと私の作品には「生命」とか「営み」がテーマとしてあります。その中には人間が生まれる原初的な行為として、性行為も含まれます。それである時、春画も描いてみようと思って描いてみたところ、いつしか枚数を重ねるうちに48枚になりました。

「四十八手」はドローイング作品ですが、基本的に作品を作るときに、1日1枚は人に見せられるようなレベルのものを作ろう、と心掛けてドローイングを描いています。それはなぜかというと、子供が生まれたときに、保育園の問題もあるので、前のように絵を描き続けられるかわからなかったからなんです。それで、油彩よりも短い時間で描けるドローイングを始めました。

一般的にドローイングの次のステップは油彩やパネルの水彩なのですが、この効果として油彩においても前より自由度が増した感じはありますし、この方法を続けていくこと自体にも手ごたえがあったので、1日1枚のドローイングは続けようかなと思うようになりました。

新藤: この絵は、自分の祖母の昔の頃の写真をベースに、自分自身がその日食べたモノという“今”を加えて描いています。どういう意図かというと、誰にもおばあさんがいると思うのですが、おばあさんも青春時代があって子供の頃があって、そう脈々とつながっているはずなのですが、当然ながら自分が生まれる前のことを知ることはできません。でも、昔の写真を見るとハッとして驚くことが多く、今に脈々とつながっている実感があります。

四十八手も同じです。人間が脈絡とその営みによってつながっていることを思い起こさせてくれます。必ず人間が生まれるところには、性行為があって、よほど嫌いじゃなければ、誰しもそれと向き合うものだと思うんですよね。男女でも男同士でも女同士でもコミュニケーションの一つとして。

K: 人間の営みってものすごく大きいテーマですけど、原初的ですよね。おばあちゃんの、おばあちゃんの、そのまたおばあちゃんと・・・・ってずっと辿っていくと、当然それを見ることはできないのですが、必ずそれは今につながっているはずで、そのずーーっと先には宇宙があるんじゃないかな、っていう。そんな気はしますよね。

新藤: そうそう、そんな感じです。宇宙番組で、よく宇宙ってフラクタルって言うじゃないですか。私たちの地球って大きな宇宙からすると塵みたいなもので、人間も蟻みたいに小さくて、時間軸で考えても宇宙を基準に考えると私たちの一生ってものすごく短いもので。でもそこに意識を向けていくとリアリティを持てるなと思うんですよね。

K: 四十八手は元々、江戸時代の春画ですよね。そのルーツは相撲の型と言いますが、どちらかというと春画のイメージが先行している。いずれにしても、「四十八手描きます!」といわれると、視覚的に刺激的なものを想像しますし、そうゆうものへの興味の対象として見られがちじゃないですか(笑)。ちょっと怖いもの見たさ、というか。でも新藤さんが描く四十八手って、それとは意図がちょっと違うのかな、という気がします。

新藤: そうですね。特に江戸時代の春画って、描き手も男性で、当時の状況からしてセンセーショナルであることに意味合いがあったのですが、私の場合は少し考えが違うと思っていて。どちらかというと性行為は子供をつくる行為だし、コミュニケーション。あくまでの人間の「営み」の一部として意識して表現しています。

K: 性行為ってある意味、ものすごくプライベートで、言葉を聞いただけでも誰しも何かしらの生々しい感情を抱くような、特別な事象だと思うんですよね。でもこうして平面として、絵画になることで、感情や主観から解放されて、そこに存在する哲学だけが残るのかもしれませんね。

新藤さんは元々、子供の絵も描かれていますが、以前お話を伺った際、「子供は宇宙だと思う」というお話をされていたと思うのですが、四十八手は“子供になる前の状態”なのでしょうか。

新藤: そうです、そういうことです。

K: 子供もまた宇宙そのものであるというか。そうゆうことなんですかね。
しかし宇宙って何なんでしょうね(笑)。

新藤: 不思議ですよね。じゃあ、フラクタルとか星とか宇宙そのものをテーマにすればいいじゃん、って思われるかもしれないのですが、でもやはり私にとってリアリティがあるものはやはり「人間」なんだと思います。こうやって話す相手だったり、自分の母だったり、いろいろなつながりのある人間同士というのはリアリティがあるので、そこから宇宙という概念につなげたり、紐といていくという方法で探りたいな、と思っています。

K: もともとは宇宙ということに何かしら興味はあったのですか?新藤さんの絵は、水彩画特有の滲みも、見方によっては宇宙を思わせるので、視覚的あるいは技術的なところから、宇宙に結び付いたのかな、と思うのですが、そうではなく、宇宙に対する興味や思考の方が先だったのですか?

新藤: 交互ですね。私自身すごくミニマルな描き方をしていて、この筆1本でどのぐらい表現ができるかな、と模索し一筆入魂という描き方をします。ミニマルな考え方は禅に近いですけど、それもやはり宇宙的思考ですよね。

K: 確かに。水彩画だから一気に描き上げないといけないですよね。予めレイアウトとかは下描きして進めるのですか?

新藤: いえ、描かないです。頭の中でイメージしてから描き始めます。

K: 必ずどこから描き始めるとか決まったパターンはあるんですか?

新藤: 最初はあったんですけど、やはり毎日描いているとマンネリ化するので、わざとずらしてますね。

K: じゃあ、足から描き始めることもあれば頭から始まることも?

新藤: そう。この重なりのところからいきなりスタートするとか。これに関しては筆のストロークとか。にじみだと留まっている感じになるんですけど、筆が走ると常に躍動的に見える。このシリーズは、にじみよりも筆のストロークを重視していますね。

K: 躍動感があるせいか踊っているようにも見えますね。ダンスもセクシャルですよね。

新藤: そうですね。ダンスとかプロレスとか、やはりセクシャル。男女だけでなく1対1のものってセクシャルですよね。私実は、次にスポーツをやるとすると、剣道やりたいと思っていて。言葉を超えて1対1になる世界って、なんかこうセクシャルだなと思うんですよね。

K: そうなんですね!でもなぜ柔道や空手じゃなくて?

新藤: 剣道は一筆入魂に近いな、と。

K: なるほど!実は私やっていたんですよ、剣道。だからわかるのですが、剣道って失敗しようが何だろうが一歩踏み出したら行くしかないところは一筆入魂に近いと思いますね。そしてまた、コミユケーションの取り方も、相手から目を離さない、相手がどう動くかというのを全身全霊で感じている感じという意味では時間はものすごく濃密ですね。でもセクシャルとは思ったことはなかったですね。なぜそう思われたのですか?

新藤: 傍から見ると、そうゆう空間って他の人たちには何が起こっているかわからないじゃないですか。そんなに集中した時間って、体を合わせるときくらいしかないんじゃないかな、と思って。

K: なるほど~。そうゆう見方があったとは驚きでした。ちなみに、子供の絵というのはお子さんが生まれる前から書いていたのですか?お子さんが生まれてからの違いってありますか?

新藤: 子供が生まれる前から描いていましたが、大きくは変わっていなくて、でも今まで宇宙的なことを思っていたことが今まで以上に強固になったなという感じはありますね。子供と宇宙を素直に結び付けていいのだ、という作品に対する思いっきりの変化というのはありますね。

K: 先ほど、もともと進学校に行ってらっしゃったとありました。その時から絵は描いていたのですか?美術部でしたか?

新藤: 絵は描いていましたが、考古学研究部でした。その前は数学研究部(笑)。
その考古学研究部の先生が美術のコレクターだったんです。考古学と数式って似ていて、数式を見つけるのも、考古学で発見をするのも、何かわからないものを突き詰めていくことは美術に近いなと思って興味を持ったそうです。

私も考古学のアニミズム的なところなどに興味がわいて色々調べてみて、それで元々絵が好きだったので、絵を描くようになりました。

K: 数学って面白いですよね。アンモナイトとかまさに黄金比。このアンモナイトのこの美しさには何か法則があるのではないか、と探し始めて黄金比が分かったわけですよね。
私は数学を高校生のときに挫折してしまったのですが、「数式」が先ではなく、数式を後から見つけるような自然科学を最初に勉強することができたら、もっと興味の度合いが変わっていたかもしれませんね。

また、アニミズムの話も面白いですよね。新藤さんはアニミズム的な思考に深い興味を持つきっかけはあったんですか?

新藤: 結婚して新婚旅行で奥出雲の「たたら製鉄」に行ってきたんです。たたら製鉄って一子相伝っていって、前にやっていた人がなくなったら次の人に伝えるという方法で技術を伝えていて、門外不出だったらしいですが、最近になってそれが開かれるようになって。
鉄は石炭に砂鉄をくべて作りますがその炉の形は母体に例えられています。鉄の状態になると下の方からちょろちょろっと鉄の塊が出てきてそれを「鉧(けら)」っていうんですけど、塊が下から出てくる様子が子供を産む様子に例えられたのだとか。

しかも鉄の神様は死体を好むらしく、昔はいい鉄をつくるために死体を上に吊るしていたらしいです。

K: えっ、鉄に神様がいるんですか?なんか意外でした。

新藤: そうなんです。古事記の時代には「金屋子(かなやご)神」といって鉄の神様に関する記述があるそうです。でも、なぜこんな技術を日本人が持っていたのかわからないらしいです。今ではもちろん化学的に合理的にわかっても、その当時どうしてそんな技術を持っていたのか、謎に包まれているそうです。
鉄の神様は醜い女の人だといわれていて、女の人を入れると嫉妬するから、だから女の人は入れなかったらしいです。だから鉄場は男の人だけだったんですね。

三日三晩温度を保って、純粋鉄が固まりででてくるのって、子供を産むのに近かったのかもしれません。

そもそも鉄がどうやってできるかどうか、って何が起こっているかって誰も見たことがないらしいです。熱が高すぎてカメラを入れられないので。製鉄会社の方も数字では合理的にはわかっていても、中で何が起こっているのかは見ることができず、わからないとおっしゃいます。

鉄がなくては産業革命も、武器もなかったですし鉄の文化やものをつくるって近代的な考え方に思えますよね。でも、それと神とか母体っていうとらえ方とか、物凄く土着的なイメージのギャップはものすごく面白いなと。ものをつくる現場に畏敬の念があるって、人間ならではだなあ~とおもって面白いなと思います。

K: 新藤さんの原点は考古学的な視点というか、地球、人間、宇宙ってなんだろ、という壮大な好奇心が、今の創作にすべて結びついているんですね。

新藤: そうですね、1つの作品で終わりというよりも全部色々なことが結びついて、集大成という感じですね。だからいつ終わるのかわからないですが、ライフワークなんだな、と思いますね。

K: 新藤さんにとって、アートを生み出す原動力は?

新藤: アートをやる、というと何かを犠牲にするぐらいのイメージがあると思うのですが、私にとってはそういう感じではなく、ひとえに一表現者でありたいという想いの方が強くて、その結果がアートであるという感じに近いのかなと思いますね。
何か新しい見方を提供したい、人の心をちょっとでも揺るがしたいという想いはあります。

昔ガリレオガリレイより前に、カトリック教徒だったけれど、地動説を唱えた人がいてその人は夢の中で地面が動いている、というのを見た、と言って訴えたそうですね。でも論理的な説明がなかったので、異端とされて、火あぶりになってしまったとか。でも、その人が一石を投じたおかげで、その後みんなの意識が全体的に変わって、信じる人が少しずつ増えてきたそうですね。

K: なるほど。逆にいうとガリレオガリレイはサイエンティストだったのかもしれないですが、その地動説を訴えた人も意識を変えようとしたという意味では功労者ですね。

新藤: そうです。別にものを作っている人だけがアーティスト、というわけではなくて、そうして意識を変えようとすることは、誰にでもできるというか。その人も意識を変えようとして動いていたある意味その人自身もアーティストなのかもしれない、とは思いますね。
私もそうゆうアーティストでありたいな、と思います。

K: ありがとうございました。

新藤杏子氏が四十八手を描く理由とは。

我々は自我が芽生えたときから、既にここにいて、我々がここにどのようにしてたどり着き、なぜ今を生きているのかを到底知ることはできない。
意味を知ることができないのであれば、それならばせめて連綿と続く歴史を称賛し、我々がここに今生を受けていることを祝福しようではないか。

新藤杏子氏の人間誕生の壮大な歴史と、文化と、脈々とつながる人々の営みへの探求心。
48枚の筆のストロークは、軽やかに我々の営みを称賛する。

※こちらの展覧会は終了しました。

Solo Exhibition by Kyoko Shindo
新藤 杏子 個展 “48”
2018年6月9日(土)~6月23日(土)
12:00~19:00 日、月休廊

YUKI-SIS
〒103-0023 東京都中央区日本橋本町3-2-12 日本橋小楼202
03-5542-1669
http://yuki-sis.com

<展覧会予定>
トーキョーイリュージョン / TOKYO ILLUSION 東京幻境日本當代藝術展
期間:2018.7.28(土)-2018.9.30(日)
会場:台中軟體園區Dali Art藝術廣場B棟展覽館
時間:平日 11:00-19:00 土日 10:30-21:00

http://www.tagboat.com/artevent/tokyoillusion/index.php

<Kyoko Shindo 公式Webサイト>
https://www.kyokoshindo.com/

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