<Artist Interview vol.3>
CANCERによる未来のための“無鉄砲な戦略” – 前編
2018年6月8日より EUKARYOTEにてアート・オーガニゼーション「CANCER」初の展覧会を開催

02 Jun 2018

2018年6月8日より、外苑前のギャラリーEUKARYOTE(ユーカリオ)にて、アート・オーガニゼーション「CANCER」の初展覧会が開かれる。

そもそも「アート・オーガニゼーション」とは耳慣れない言葉だ。「CANCER」というネーミングにもどこか引っかかるところがある。このグループはいったい何なのか? 現代にどんな問いを投げかけようとしているのか?その戦略の核心に迫るべく、ファウンダー花房太一氏とパートナー斉藤有吾氏に話を訊いた。

1.CANCERについて


 

K: まずはCANCERというグループ名について教えてください。

花房: メンバー全員で話し合って決めました。ぼくはTHE CANCERSにしたかったんですよね。THE BEATLESとかTHE BENTURESみたいに、絶妙にダサい名前にしたかった。

英語圏の人がぱっと聞いたときに、本気なのかギャグなのか分からないような名前にしたかったんです。でも却下されて結果的にCANCERという名前になりました。皆に声をかけてグループを結成したのはぼくなので、ぼくがファウンダーでリーダーですが、ぼくの権限は決して強くないですね(笑)。

CANCERという単語には、「蟹座」と「癌」という意味があります。まず、ダブルミーニングになるのはいいなと思いました。

蟹座の元となった神話では、蟹のカルキノスが友だちを守るためにヘラクレスに噛み付いて、結果的にヘラクレスに踏み潰されちゃうんですね。友だち想いのいいやつです。CANCERのメンバーもみんな友だち想いのいいやつです。

ただ、蟹座という意味より「癌」という意味に強く思い入れがあります。癌は多くの現代人を死に至らせる病気ですが、要するにそれは活性化した細胞です。その細胞が、いつのまにか、身体の中に広がっていく。最終的に、癌細胞が人を死に追いやるわけですが、それは人間という存在を象徴している。CANCERメンバーの作品には身体をテーマにしたものが多いです。その点から、癌という名前は適切だと思いました。それから、人間を死に至らしめる、つまり人間に勝利するような、強い存在としての癌ということも含ませています。


<花房太一氏 / 斉藤有吾氏>

K: アート・オーガニゼーションという言葉は聞き慣れないのですが、アート・コレクティブとは違うのでしょうか?

花房: いま日本にある「アート・コレクティブ」の多くは、アーティストが集まってグループを作ったという形にはなっていません。「アート・コレクティブ」が先にあって、そのあとにアーティストがある。そして、さらにその下に作品がついてくる。つまり、独立したアーティストが集まったグループではない。

でも、CANCERはあくまでアーティストの集合体として作りました。グループという形体は後からついてくるものです。アーティストが作る作品があって、それらを多くの人に見てもらう戦略としてCANCERがある。実力のあるアーティストが集れば、日本にも面白い作品がたくさんあるんだ、アートシーンはあるんだということを証明したい。

今のアート業界にはシーンがないと「思われている」ことが問題です。シーンを作るには世代を超えなければいけない。下の世代が上の世代に対して、憧れや反発を抱いている状況が必要だと思います。ぼくを含めてCANCERのメンバーは30代半ばです。下の世代に、強い敵として見られなければならない。

ぼくらが20代の頃は上の先輩たちにものすごい強敵がたくさんいました。少なくともぼくたちがそう思える環境があった。でも、ぼくたちより下の世代には、そうした人たちがいない。この点については、ぼく自身も責任を感じています。

でもこうなってしまったのは決定的な理由があるんです。それが3.11です。2011年、ぼくらは27、28歳で、アーティストとしては大きな挑戦をする時期にあたります。その少し前にアートバブルがあって、ぼくも20代前半からインターネットで露出をし始めていた。2008年頃からCANCERのメンバーのことも知っていました。

そして今からだ、というときに震災が起こった。でも、うまく対応ができなかった。

ちょうど世界的にもテロや政治的な問題もたくさん起こった時期でしたから、社会的・政治的なメッセージを含む作品に注目が集まりました。でも、CANCERのメンバーのようなある意味、古典的で美術的価値しかないスタイルを追求しているアーティストは、震災の後に一斉にこけてしまったんです。

ただ、そうした社会的なメッセージを含んだ作品は、ぼくは消費されていってしまうと思っているんです。現代だけにコミットするんじゃなくてもっと幅広い視野で作品をつくるアーティストを何とかできないか。そういう意味でもグループをつくれば何かしら影響力のあることができるのではないかと考えました。

それから、労働組合のようなアーティスト同士の“新しい家族のような共同体”をつくりたかった。家族は何かあったときに一番に駆けつけてくれる人たちのことです。極端な例だけど、警察に捕まったときに一番に来てくれる人が家族です。

それぞれは個として全く別々の生き方をしているけど、なにか大事な瞬間にはきゅっと集まって、何となく一緒にいる。お通夜での家族の話とか、完全な無駄話だけど、その無駄を共有できることが、共同体の一員であることの証です。

CANCERのメンバーは全員が揃うことがほとんどなくて、今までも7名全員が集まったことは2回しかない。でも、何となく繋がっている。ぼくが作りたいのはそういう共同体だった。そして、実現できたと思います。

K: それぞれの自我がはっきりしていて、互いの領域がある。干渉も依存もせず、大事な時には集まってものすごい力を発揮する。「アート・オーガニゼーション」はまさにプロ集団ともいえますね。

 

2.CANCERのメンバーについて

K: CANCERのメンバーについて教えてください。

花房: Houxo Queと斉藤有吾を除いて、ぼくらは2008年のアートバブルの頃、最初に出会っています。有賀慎吾、伊東宜明、須賀悠介、村山悟郎らは、それ以前にデビューして注目されていました。

メンバーの構成は、基本的に「ぼくの言うことをあまりきかない人」という観点で選びました。いい意味でぼくを裏切る、ぼくの思考を超える作品が作れるアーティストだけを選んでいます。

斉藤: 花房くんからお題が出て、作家の受け取り方がずいぶんと違っても、出てきたアイディアが面白ければよい、とか。

花房: この方向でいいよ、とかもっと危なくしろ、とか。そういうことは言いますが、作品にはほとんど介入していない。

K: 有吾さんは「パートナー」という肩書ですが、どういう経緯で入ることに?

花房: 有吾くんをパートナーにしたのは、正直、結成したのが2年も前のことで、よく覚えていません。でも、メンバーの中でだれかひとり謎の人物がいるのっていいな、って思ったんですよね。まるでペットや子供のような存在。コミュニケーションがうまく取れないんだけど、そうであるがゆえに、みんなを和ませてくれる存在。有吾くんはアーティストではないし、ぼくとアーティストたちが作品について話し合っているときも全く何も介入しないんです。でもその曖昧な感じがいいなと。

K: 緩衝材というかコミュニケーションの潤滑油的な?

斉藤: 緩衝材でも潤滑油でもないかな。いつも結論のないことばかりを話してしまうし、きっとコミュニケーションの潤滑油にはならないよ。わたしは言語に壁があって、いつも思考を所謂言語に翻訳して喋っている感覚で、コミュニケーションの潤滑油とは正反対かもしれない。度々翻訳する前にそのまんま喋り出しちゃうんだけど、相手は困るよね。

花房: ぼくは基本的に結論が出ていることしか喋らない。話す前に、頭の中で言語で考えて結論を出している。有吾くんは頭の中で何を使って考えているの?

斉藤: 基本的には少しの日本語と色彩や粘土のような形状のモノ。
(手を動かしながら)ぐにゃ~っとした粘土みたいなものをものがあってそれを移動させたり、くっつけたりして考えている。わたしは日本語を勉強した時期が人より遅いんだけど、その時にその粘土のようなものを、それまでとは違った方法で組み立てることが可能になったんです。

花房: ぼくはすでに分かっていることしか言葉にしない。相手にもそれを求めがちで、「で、何が言いたいの?」って結論を先に求めてしまう。だから、よく嫌われる(笑)。

斉藤: わたしと花房くんは、2011~12年頃から顔見知りだったと思うんだけど、しばらくは遭遇したら挨拶するくらいの関係だった。ある時、わたしがほんのり関わっていたある展示で複雑なテーマについて議論をしていたんだけど、彼は、それを針に糸を通すような塩梅でまとめてステートメントを書いてくれた。わたしが、本当の意味で彼と出会ったのはその時です。その後も、わたしが企画したあるグループ展のステートメントがぎりぎりまで全然うまく書けなくて直前に花房くんに連絡をしたら、「いいよ~」って言って(笑)簡単に引き受けてくれて、助かった。

K: そうなんですね。花房さんは結論を求めがちで、有吾さんは結論も行先も定まらない話をしてしまう。おふたりが話をしているのはまるで奇跡のようですね(笑)。でも、どこか互いに補完し合っている部分があるのかな、という印象を受けます。

 

3.EUKARYOTEの展示「THE MECHANISM OF RESEMBLING」

K: EUKARYOTEでの展示のテーマについて教えてください。

花房: 今回のテーマは「THE MECHANISM OF RESEMBLING」「似ている」ということをテーマにした展示です。たとえば、AIでは「同じ」「違う」は判断できるけれど、「似ている」は判断できない。その「似ている」とは何なのか、どういった状態を「似ている」と呼ぶのか。この問いはとても深くてぼくもすぐに答えが出せません。だからこそ今回のタイトルに相応しい。

展覧会のタイトルは荒川修作の著書『THE MECHANISM OF MEANING』へのオマージュです。荒川さんは「天命反転」という言葉を残していますが、「天命反転」は英語では「Reversible Destiny」です。しかし、英語圏の方からするとこの言葉は違和感があるらしい。

Destinyは運命が一つに決まっているということなのだから、Reversibleということはありえないのだと。でも、ぼくたち日本人には、そこまでロジカルな違和感はない。変わった表現だな、とは思うけど論理的に意味が通じないとすぐに反論することはない。

K: 正しい英語だとは思うけれど、論理的に意味をなさないということですよね。

花房: そうです。荒川さんはニューヨークに行くまえ、今で言うところの統合失調症の症状があった。そして、ニューヨークでその病を自己治癒していく。統合失調症だから、象徴界(言葉の世界)が壊れてしまっていた。そこで、荒川さんは英語と日本語の狭間を行き来しながら、象徴界を自らの手で作り上げた。その辞書が『THE MECHANISM OF MEANING』という本なのではないか。だから、彼の英語はおかしいんですよ。でも、ものすごく重要なところを突いている。英語と日本語の狭間にあって何か重要なことを突いている。

たとえば、白から黒までグラデーションが描かれている。そこに「あらゆるグレーとグレーでない色を忘れなさい」と書いてある。そして目の前にはグレーとしかいいようのない色がある。

斉藤: ああ、表現の自由だ多様性だ何だとかそういう言葉とセットにされて、だらしなく使われそうな気がするから、本当はもっと意地悪な言い方をしたいんだけど、グレーに見えてるそれは本当に「グレー」なの?という、ね。もしかすると黒と白のまばらな多面体かもしれない。だいたい白と黒とが均一に混ざって滑らかなグレーに安定するなんてことはないと思うんだよね、なかなか。あ、勝手に球体の設定にしちゃったけど、「確かに無愛想なところあるけど、でも彼、私には優しいのよ♡」とかそういうセリフならいくらでもあるでしょ? …ああダメだ、この設定じゃ「グレーでない色」の部分が欠落していて、疑わしき=「似てる」は排除して、同じ(味方)と違う(敵)だけの世界を目指す感じがして窮屈だ、ズレてるね。それに荒川修作の言葉は、一度言葉から離脱させようとしているところに魅力があるからね、でも、未だ何か思いつきそうな予感…あ、これだ!!「迷った時はね、どっちが正しいかなんて考えちゃダメ。 どっちが楽しいかで決めなさい。」by.シャロン金子博士(『宇宙兄弟』より)という、これはもう、完全に善悪の彼岸だもんね、禁断の…これは近い、悪くないかもよ、似てるかもよ?これ、1つの答えとして仮置きしておこう。

K: ―そもそも物事の本質は分かっていると思っていて分っていない。分かっていないことはうまく説明できない。社会的な常識だと思っていることは常識ではないかもしれない。むしろほとんど分かっていることなんてないのかもしれない-。

花房: 荒川さんは、常識はすべて間違っていると言っていた。我々は何も分かっていないんですよ。

展示に関しては、未知数だけれど、変なものができるのではないかなと思っています。作品を売ることを目的とするコマーシャル・ギャラリーでは、普通やらないようなことをやります。一応ぼくがアイディアを出して指示はしました。でも、恐らく全く想定しないものが出てくると思います。期待を超えてくる人たちばかりなので、ぼくの言うことは誰もきかない(笑)。誰もぼくの言ったことをきかないだろう、みんなぼくの期待を超えてくるだろうという点については、全幅の信頼をおいています。個々の作品はそれぞれで独立しているけれども、展示としては、オーガニゼーションという名の通り有機的な配置にします。

K: なるほど。同じと違うは分かるけど似ているは本当に説明が難しいです。でもこの展示でその答えの一端が見えるということですね。とても楽しみです。

花房: 「似ている」というのは本当に難しいテーマ。本当に分からない。だからこそ、一生をかけて追究していくにふさわしいテーマだと思います。

 

<次回、後編へ続く>
後編の内容
・CANCERが提案する未来
・今後の計画

CANCER Webサイト
http://cancer-art.org/

2016年、美術批評家・花房太一の呼びかけで、アーティストの有賀慎吾、伊東宣明、須賀悠介、村山悟郎、Houxo Queと共に、パートナーに斉藤有吾を迎えて結成。西洋のファイン・アートを東洋的身体によって突き崩し、ルネッサンス以来の新たなパースペクティブを獲得することを目指す、歴史上初のアート・オーガニゼーション。旧来のファイン・アートを制作するだけでなく、皇居ラピュタ化計画、古墳プロジェクトなど、いまある世界とは別の世界を創造するプロジェクトが多数進行中。
本展覧会”THE MECHANISM OF RESEMBLING”が初の展示となる。

“CANCER” is the art organization founded by Taichi Hanafusa with 5 artists, Shingo Aruga, Nobuaki Itoh, Yusuke Suga, Goro Murayam, Houxo Que, and Yugo Sito as a partner. It is the first art organization in history to break Western fine art by Eastern body to architect new perspectives since the Renaissance. Many projects, such as “Palace in the Sky,” “(A) Room for Meditational Body” and “Tomb for the Arts” are in progress that will create another world different from this present world in addition to make traditional fine arts.

花房太一
Taichi HANAFUSA (CANCER Founder / Art Critic)
1983年岡山県生まれ、橘今保育園、岡山市立西小学校、岡山大学教育学部附属中学校、岡山県立岡山大安寺高等学校、慶應義塾大学総合政策学部卒業、東京大学大学院(文化資源学)修了。アートオーガニゼーションCANCER・ファウンダー、牛窓・亜細亜藝術交流祭・総合ディレクター、S-HOUSEミュージアム・アートディレクター。その他、108回の連続展示企画「失敗工房」、ネット番組「hanapusaTV」、飯盛希との批評家ユニット「東京不道徳批評」など、従来の美術批評家の枠にとどまらない多様な活動を展開。
個人ウェブサイト:hanapusa.com

■斉藤有吾
Yugo SAITO(CANCER Partner)
1981年 1月10日 東京生まれ
↓主な企画
2014年11月24日~27日 『最後かもしれないだろ』コーディネーター:斉藤有吾 Nam Gallery(東京)
2014年12月1日~4日 『It is no use crying over split milk.』コーディネーター:斉藤有吾 Nam Gallery(東京)
2015年2月7日『ART BATTLE ROYALEⅡ〜第二次藝術大戦〜』プロデューサー:斉藤有吾 Nam Gallery(東京)
2015年2月10日~19日『10-36 ~10-34sec』作家:有賀慎吾、川久保ジョイ、須賀悠介、関真奈美、永岡大輔 / キュレーター:花房太一 / コーディネーター:斉藤有吾 Nam Gallery(東京)
2015年2月20日『「差別」を前程に、「偏見」から始めましょう』司会:ヴィヴィアン佐藤 / 出演:水嶋かおりん、Barbara Darling / 企画:斉藤有吾 Nam Gallery(東京)

■CANCER「THE MECHANISM OF RESEMBLING」
2018/06/08 – 2018/07/01
EUKARYOTE
東京都渋谷区神宮前3-41-3
Gallery 12:00-19:00
http://eukaryote.jp/
2018年に東京の神宮前に設立したアートスペース。
美術の発生より紡ぎ続けてきた現代の有形無形、その本質であり、普遍的な価値を持つ作品や作家を積極的に取り上げ、残している。

《イベント》
オープニング:6月8日(金)18:00〜20:00
結成パーティー:6月8日(金)20:00〜@シトラス青山
その他、週末にメンバー×ファウンダー対談多数開催予定

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